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生活保護法改正法案の再提出に反対する会長声明
生活保護法改正法案の再提出に反対する会長声明
第1 趣旨
当会は,次期国会に生活保護法の一部を改正する法律案(以下「改正案」という。)が再提出されることに対し強く反対する。
第2 理由
1 政府は,平成25年度の通常国会において,生活保護法の一部を改正する法律案(以下「改正案」という。)の成立を目指し,平成25年 6月4日に若干の修正が加えられたうえ,改正案は衆議院で可決された。最終的に,改正案は同年6月26日に参議院で廃案となったものの,田村憲久厚生労働大臣は,次の臨時国会に改正案を再提出する意向を示している。しかし,この改正案は,①行政窓口における違法な「水際作戦」を合法化する,②扶養義務者に対する事前通知の義務付け等により保護申請に対する一層の萎縮的効果を及ぼす,との2点において看過しがたい重大な問題が含まれている。
2 まず,現行の生活保護法24条1項は,「保護の開始の申請があったときは」と規定し,保護申請を要式行為とせず,かつ,保護の要否決定に必要な書類の添付を申請の要件としていない。また,口頭による保護申請も認められるとするのが確立した裁判例である(大阪高裁平成13年10月19日判決等)。しかしながら,改正案では,原則として生活保護の申請には,厚生労働省令で定める書類を添付した申請書を提出しなければならないとされている(改正案24条1項,2項)。これにより,申請書の不備等を理由として申請の拒絶が可能となり,これまでも問題となっていた違法な「水際作戦」を合法化しようとするものである。
すなわち,現行生活保護法では,申請書の提出や書類の添付は保護申請の要件とされず,保護申請の意思があれば,まずはこれを受け付け,実施機関側がその責任において調査権限を行使し,必要書類を収集し保護の要否判定を行うこととしているところ,改正案では,事実上,申請者自身が要保護状態であることを証明しなければならなくなる。そのためホームレス状態の人やDV被害者など,必要な書類を用意できず着の身着のままの状態で福祉事務所に申請に行く人は,申請を拒否される結果となり,また居宅があっても心身に障害を持ち書類の準備に時間のかかる人は適切な時期に保護が受けられなくなる恐れがある。
この点について,改正案でも「特別な事情」がある場合は申請書の提出や書類の提出を免除することとなっているが,「特別な事情」の有無は行政側が判断するので,申請書などの不備を理由とした申請拒否が生じる可能性は否定できず,改正案は違法な申請権侵害行為をいわば合法化するものであって,到底容認できるものでない。
3 また,改正案は,保護の実施機関に対し,保護開始の決定をしようとするときは,あらかじめ扶養義務者に対して,厚生労働省令で定める事項を通知することを義務づけている(改正案24条8項)。さらに,同項は,保護実施機関が扶養義務者に対し保護の決定等にあたって報告を求めることができる等,実施機関の調査権限を拡大している。
現行の生活保護法では扶養義務者への通知は法定のものではなかったが,それでも保護申請を行う際に,扶養義務者への通知により親族との間にあつれきが生じるのを恐れて申請を断念する場合も多かった。もし,扶養義務者への通知が義務化されれば,よりいっそう保護申請に萎縮効果が生じることは明らかである。
4 なお,改正案は,「不正受給」防止を立法趣旨の一つとするが,既に平成24年12月27日付当会「生活保護基準の引下げに強く反対する会長声明」で指摘したとおり,「不正受給」の割合は金額ベースで0.4%弱で推移しており,近年目立って増加している事実はなく,改正案はその前提となる立法事実を欠いており,実際には保護費の削減を意図するものであることは明らかである。
しかしながら,そもそも日本の生活保護の捕捉率(制度の利用資格のある者のうち現に利用できている者が占める割合)は2割ないし3割程度と推定され,残りの7割ないし8割の人々は所得が生活保護基準以下であるにもかかわらず生活保護を受給しておらず,その数は800万人とも1000万人とも言われている。かかる現状の下で,改正案が施行されれば,さらなる捕捉率の低下により,生活苦による自殺や餓死等が増加することが強く懸念される。
5 このように,改正案は「水際作戦」の合法化に加え,生活保護申請に一層の萎縮効果を及ぼすもので立法趣旨にも実質的理由がないなど,憲法25条によって保障された生存権を侵害するものである。以上の理由から,当会は,次期国会に改正案が再提出されることに対し強く反対するものである。
以上
2013(平成25)年8月7日
金沢弁護士会
会長 西井 繁