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「特定秘密保護法案」の衆議院での可決に反対する会長声明
「特定秘密保護法案」の衆議院での可決に反対する会長声明
趣旨
当会は,現在衆議院で審議中の「特定秘密の保護に関する法律案」が,同院で可決されて参議院に送付されることに,断固として反対する。
理由
1 政府は,平成25年(2013年)10月25日,「特定秘密の保護に関する法律案」(以下「本法案」という。)を閣議決定して国会に提出し,現在は衆議院で審議中である。
2 当会は,これまでの「秘密保全法」制定に向けての動きに対しても重大な問題があることを指摘し立法化作業に反対し,平成24年(2012年)7月26日には,「秘密保全法制に反対する会長声明」を公表しているところであるが,本法案についても,以下の理由により断固として反対するものである。
(1) 立法の必要性がないこと
そもそも,本法案を制定しようとする動きのきっかけとなったと思われる尖閣諸島沖中国船追突映像流出事件は,国家秘密の流出などとは到底言えない事案であり,本法案を制定する必要性の根拠とはなり得ない。仮に,情報漏えいから保護されるべき国家秘密があるとしても,情報漏えいに関しては国家公務員法100条(罰則同109条)や自衛隊法59条(罰則同118条)等の現行法制で十分に対処できるものであり,新たな法制を設ける必要性はない。
また,「国家安全保障会議」いわゆる日本版NSCを設置するために必要との主張もあるようだが,本法案では,適用対象者及び適用対象情報をNSC関係のものに限定しておらず,広くすべての国家公務員が扱うすべての情報を対象にしていること,また,上記のようにそもそも現行法制の下でも厳格な情報管理によって必要な秘密の保護はなし得るのであるから,本法案を特に日本版NSCを設置するために制定しなければならない理由は見出せない。
(2) 「特定秘密」の範囲が広汎かつ不明確であること
本法案は,保護の対象となる「特定秘密」の範囲を,①防衛,②外交,③特定有害活動の防止,④テロリズムの防止の各事項であって,「その漏えいが我が国の安全保障に著しく支障を与えるおそれがあるため,特に秘匿することが必要であるもの」としているが(第3条,別表),その範囲は広汎で,かつ不明確である。
すなわち,防衛に関する事項(第1号)は,自衛隊法別表第4と同様であって限定的と評価し得るものではない。外交に関する事項(第2号)は,「安全保障」という概念が抽象的に過ぎてその捉え方如何ではその範囲が無限定に広がるおそれがある。特定有害活動の防止に関する事項(第3号)は,要件が「外国の利益を図る目的」「我が国及び国民の安全への脅威」「その他の重要な情報」など抽象的であいまいな文言になっているために範囲が極めて不明確である。テロリズムの防止に関する事項(第4号)は,「テロリズム」の明確な定義が規定されていないため,「テロリズム」の捉え方如何によっては政府による防止活動の範囲を無限定に拡大させることも可能となるおそれがある。
また,上記各事項について,「その漏えいが我が国の安全保障に著しく支障を与えるおそれがあるため,特に秘匿することが必要であるもの」という要件を付加してその範囲を限定するとしても,「安全保障」という概念の危険性については上述したとおりであるし,「著しく支障を与えるおそれ」という概念も抽象的に過ぎるものである上に,この要件の存否も以下に述べるように「特定秘密」に指定する行政庁の長が自ら判断するのであって恣意的判断を制度的に排除することはできないのであるから,実質的には「特定秘密」の範囲を限定する機能を果たさないおそれは極めて大きいというべきである。
(3) 「特定秘密」の指定が行政機関の長により恣意的になされうること
本法案は,保護の対象となる「特定秘密」の指定を行う権限は,情報を保有する行政機関の長に委ねられており,かつ,公正な第三者機関による事前審査の機会もないため,政府にとって国民に知られたくない情報が,政府の恣意的運用によって「特定秘密」と指定されて隠蔽される危険がある。
すなわち,指定をできる行政機関が限定されていないため,殆ど全ての行政機関が指定をできることとなり,行政に関する情報の殆どが指定の対象となり得ることを否定できない。
しかも,指定された情報が「特定秘密」として適正な情報か否かを客観的に担保する制度が存在していないから,行政機関の長による恣意的な指定を制度的に排除することはできず,本来国民に公開されるべき情報が「特定秘密」として国民に秘匿されるおそれを防止することができない。
(4) 指定の有効期間を延長し続ければ指定が恒久化すること
本法案は,行政機関の長が「特定秘密」の指定をするときは,当該指定の日から起算して5年を超えない範囲内においてその有効期間を定めるものとして指定の有効期間の上限を5年としつつ(4条1項),同じく5年を超えない範囲で行政機関の長による延長(更新)を通算30年を超えない範囲で許容し(同2項),かつ,「指定の有効期間が通じて30年を超えることとなるときは,(中略)内閣の承認を得なければならない。」(同3項)と定めるので,30年までは指定権者である行政機関の長の恣意的な判断で,30年を超える場合でも当該行政機関の長の判断を追認する形で内閣の承認がなされてしまえば,恣意的な指定が恒久化することを容認することになってしまう。しかし,これでは事後的に国民が指定の適否を検証することが不可能となり,主権者である国民が国政に関する重要な情報を知ることができなくなり,国民の知る権利を害することとなる。
この点,新聞報道によれば,与党は,特定秘密として指定してから30年後に公開することを原則とすることに本法案を修正する意向であるようではあるが,原則とするということは例外を認めるということにほかならず,その点で不十分であるといわざるを得ないし,また,かかる修正をしたところで,指定の有効期間の更新についての客観的相当性を担保することには何ら役立たない。
(5) 適性評価制度は重大なプライバシー侵害のおそれがあること
本法案は,特定秘密の取扱いの業務を行うことのできる行政庁の職員等や行政機関との契約を行う業者の役職員(以下「特定秘密取扱業務従事者」という。)を定めるに際して,「適性評価」を実施する旨を定めている(12条)。
しかし,その対象事項には,精神疾患や飲酒節度,信用状態に関する事項等,他人に知られたくない極めて高度のプライバシー情報が多く含まれており,しかも,一定の事項については特定秘密取扱業務従事者の家族や同居人の氏名,生年月日,国籍及び住所も含まれている。
特定秘密取扱業務従事者のうちの行政機関との契約を行う業者の役職員は一般市民であり,かつ行政庁の職員等の家族や同居人の多くも一般市民であることを勘案すれば,特定秘密取扱業務従事者による同意が調査の要件とされているとしても,これらの者のプライバシー権が侵害されるおそれは極めて大きい。
(6) 処罰範囲があいまいかつ広汎で,罰則も過剰であること
本法案は,特定秘密取扱業務従事者等による特定秘密の漏えい行為を犯罪として処罰することとしているが,故意による場合だけでなく,過失によるものも処罰対象としている。しかし,過失は処罰の対象の範囲が不明確で開かれた構成要件と呼称されていることからも明らかなように,過失による漏えい行為をも処罰対象とすることは,罪刑法定主義の観点,刑罰の補充性・謙抑性の原則に照らして極めて疑問である。また,本法案は,未遂罪も処罰対象としているが,これでは処罰範囲が無限定に拡大するおそれも否定できない。さらには,その成立要件が不明確とされる「共謀」によるものや,正犯の実行行為がなくても独立して犯罪とされる「独立教唆」及び「扇動」によるものも広く処罰対象とされているが,このような処罰範囲が不明確な構成要件を設けること自体,罪刑法定主義の観点から到底看過することができない。
さらに,本法案では,一定の行為態様による特定秘密の取得行為も犯罪として処罰することとしているが,この行為態様の中には,「その他の特定秘密の保有者の管理を害する行為」が含まれている。この構成要件は,抽象的に過ぎて甚だ不明確であり,前述した特定秘密取扱業務従事者等による特定秘密の漏えい行為についての共謀,独立教唆及び扇動も処罰対象とされていることと相俟って,処罰範囲が無限定に拡大するおそれが極めて大きく,罪刑法定主義の観点からはもとより,特定秘密取扱業務従事者等への取材や情報提供の働きかけという行為も処罰対象となりうる危険性を内包していると評価せざるを得ない。
従って,こうした処罰規定の存在自体が,各種報道機関の取材活動やオンブズマン活動等の各種の市民活動に深刻な萎縮的効果をもたらすことは明白であり,報道機関の取材の自由と報道の自由及び国民の表現の自由や知る権利を侵害する危険性は甚だしい。
この点,本法案には,報道の自由への配慮規定が設けられているが,憲法上の権利として報道の自由と国民の知る権利が存することは判例法上確定しており,配慮規定を設けざるを得ないこと自体が,本法案が国民の知る権利とこれに資する報道の自由を侵害する高度の危険性を内包していることの何よりの証左である。
このように,本法案の処罰範囲はあいまいでかつ広汎にすぎ,またそれぞれの刑罰も過剰に重すぎ,国民に対する萎縮効果は甚大で,国民の自由を大幅に制約するものといわざるを得ない。
さらには,国会議員も処罰対象とされていることからすれば,国会議員による行政機関への種々の調査活動や国会議員間での自由な討論及び有権者への国政報告活動を総て刑罰をもって禁止することも可能となり,国民主権に基づく議会制民主主義そのものが危殆に瀕する可能性も否定できない。
(7) その他,本法案は,行政機関の長の判断で「特定秘密」を国会に対しても提出を拒むことができるものとするが,これでは国会の国政調査権が空洞化され,国権の最高機関性が侵されるおそれがある。
3 以上のとおり,本法案には,様々な問題点があるほか,憲法の基本原理に抵触するおそれがあるといわざるを得ない。よって,当会は本法案が立法化されることに断固として反対し,衆議院に対して本法案を可決して参議院に送付しないように強く求める。
平成25年(2013年)11月22日
金沢弁護士会 会長 西井 繁