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テロ等組織犯罪準備罪の新設に反対する会長声明
テロ等組織犯罪準備罪の新設に反対する会長声明1 今般,政府は「テロ等組織犯罪準備罪」の新設を内容とする組織犯罪処罰法改正案を国会に提出することを検討していると報じられている。
「テロ等組織犯罪準備罪」とは,過去3度も国会に提出され,廃案となった「共謀罪」の新設を内容とする法案について,成立要件を見直し,名称を変更したものである。具体的には,犯罪の主体を単なる「団体」から「組織的犯罪集団」とし,「組織的犯罪集団」の定義を「目的が4年以上の懲役・禁錮の罪を実行することにある団体」とするとのことである。また,犯罪の「遂行を2人以上で計画した者」を処罰することとし,その処罰に当たっては,計画をした者の一部が「犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の準備行為が行われたとき」という要件を付するとのことである。
2 しかし,共謀罪における「団体」との要件を「組織的犯罪集団」と変更した点については,本来は犯罪の実行を目的としていない団体の一部の構成員が一定の犯罪の共謀を行ったことをもって「組織的犯罪集団」であるとみなされるおそれが依然として強く残っており,共謀罪に関して指摘されてきた問題点は解消されていない。
また,一旦,ある団体が「組織的犯罪集団」と認定されると,当該団体の本来の活動のための資金取得行為等が「犯罪の実行のための準備行為」とみなされる危険性が高く,「準備行為」の概念が拡大される危険性も解消されていない。
しかも,「組織的犯罪集団」を「長期4年以上の懲役・禁錮の刑を定める犯罪」を実行する組織としている点は共謀罪から変更されておらず,依然として600を超える極めて多くの犯罪類型が適用の対象となる。「テロ等組織犯罪準備罪」との名称は,いわゆるテロを取締対象とするもののようにも思えるが,その実態は,到底テロとはいえない多くの犯罪を対象とするものである。また,このように多くの犯罪の準備行為を処罰することは,実行行為を中心に未遂の成立範囲を限定し,予備・陰謀を原則不可罰とする我が国刑法における基本原則と著しく矛盾するのであり,この点についても,共謀罪の問題点は全く解消されていない。
3 更に,犯罪の「遂行を2人以上で計画した者」を処罰するという法案の本質は,「合意」を処罰対象とするという共謀罪の本質と全く変わりはなく,通信傍受や監視カメラ等を利用した捜査手法の拡大やそれに伴う捜査権の濫用のおそれ,市民の表現・通信・集会・結社の自由などを萎縮させるおそれといった問題点も残されたままである。これらの危険性は,通信傍受について2016年12月までに実施が予定されている対象犯罪の拡大や2019年6月までに予定されている暗号技術を利用した特定装置の導入に伴う通信管理者の立会いの省略化によって更に増幅される危険性がある。
また,具体的な行為を伴わない「合意」を処罰することは,計画に参加したとされる者の供述のみによって無実の者が巻き込まれる危険が高い。冤罪発生の危険性は,2018年6月までに導入が予定されている協議・合意制度(司法取引)の導入によって,更に高まるおそれがある。
4 そもそも,我が国では,既に,内乱,外患及び私戦の各予備・陰謀罪,殺人,身代金目的略取等,強盗及び放火の各予備罪,凶器準備集合罪等が規定されており,組織的犯罪集団に関連した主要犯罪は,現行法によっても未遂に至る前から処罰が可能である。また,判例上,共謀共同正犯理論が確立しており,共謀をした者が予備行為に及べば共謀者全員に予備罪の共謀共同正犯が成立することになる。さらに,テロ行為についても,航空機の強取等の処罰に関する法律3条等の個別法で予備罪の処罰規定が存在する上,銃砲刀剣類や薬物・化学兵器の所持等を取り締まる実効的規制も存在する。このように,新たな立法をすべき立法事実が存在しないことは,共謀罪の問題点として従来から指摘されてきた通りである。
5 以上の通り,テロ等組織犯罪準備罪については,対象犯罪が非常に広範囲にわたること,「組織的犯罪集団」や「準備行為」の概念が拡大されるおそれがあること,そもそも立法事実が存在しないことなど,共謀罪の問題点として指摘されていた懸念がほとんど解消されていない上,先般の刑事訴訟法改正により捜査権限の濫用や冤罪の危険が更に高まっている状況にある。
したがって,当会は,テロ等組織犯罪準備罪の新設に強く反対する。2016年(平成28年)10月14日
金沢弁護士会
会長 川本藏石