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少年法適用年齢引下げに反対する会長声明
少年法適用年齢引下げに反対する会長声明
平成30年3月22日
金沢弁護士会
会長 橋本 明夫
第1 声明の趣旨
当会は,少年法の適用年齢の引下げに改めて強く反対する。
第2 声明の理由
1 はじめに
法務省は,平成28年12月,「若年者に対する刑事法制の在り方に関する勉強会」取りまとめ報告書を公表した。これを受け,現在,少年法の適用年齢の引下げに向けた動きが進んでいる。
しかし,以下に述べるとおり,現行法における少年保護事件の手続や,保護処分に付された少年に対する処遇は,18歳及び19歳の少年の健全な育成と更生を図る上で極めて有効に機能しており,少年法の適用年齢を引き下げることに合理性はない。
2 再犯防止措置を受けられなくなること
(1) 現行法では,20歳未満の罪を犯した少年は,必ず家庭裁判所に送致される。家庭裁判所調査官は,心理学,社会学,教育学等の専門的知見を活かし,少年の資質や生活環境などを調査する。この際,並行して,少年の付添人が少年に寄り添い少年の更生に向けた諸活動を行い,少年鑑別所においては専門的知見に基づく心身鑑別が行われることも多い。これらの調査,付添人の意見,心身鑑別の結果等を踏まえて,家庭裁判所は,少年の更生のために必要な保護処分を決定する。
この時,仮に成年であれば起訴猶予や罰金刑となることが見込まれる事案であっても,少年の場合には,その資質又は生活環境に問題があると判断されると,少年院送致決定がなされることもある。現行法において,処遇の内容は必ずしも成年の場合と比べて寛容ではなく,少年の再犯防止のために必要な処遇を選択することが可能となっている。
このように,現行法における手続や処遇の核心は,少年ごとに,その資質や生活環境に応じた,いわばオーダーメイドの再犯防止措置を講じることができる点にある。
(2) この点,世論調査等では,少年法の適用年齢引下げに賛成する理由として,少年犯罪の増加・凶悪化などが挙げられることが多い。
しかし,統計上,少年による刑法犯及び凶悪犯の検挙人員は共に減少傾向を示しており,現行法による手続や処遇は,少年の再犯防止のために有効に機能していることを示唆している。
(3) 仮に少年法の適用年齢が18歳未満に引き下げられた場合に,その適用対象から外れることになる18歳及び19歳の少年は,少年の被疑者全体のうち,40%以上を占めるといわれている。
これほどの割合の少年を,現行少年法によるオーダーメイドの再犯防止措置から排除してしまえば,少年の再犯,ひいては,犯罪全体の件数が増加し,社会全体の利益を損ねることが懸念される。
3 選挙権年齢や民法の成年年齢と統一する必要はないこと
以上に対し,公職選挙法の選挙権年齢が18歳に引き下げられたことや,民法の成年年齢が18歳に引き下げられようとしていることに合わせ,法的な整合性の観点より,少年法の適用対象年齢についても引き下げるべきとの指摘もなされている。
しかし,そもそも,法制度の適用年齢とは,当該法制度の目的や,適用対象の能力に照らして,個別具体的に決定するものである。このことは,喫煙・飲酒可能年齢(20歳),被選挙権年齢(衆議院議員25歳,参議院議員30歳)の例からみても明らかである。
選挙権年齢や民法の成年年齢の引下げに合わせて,少年法の適用年齢まで引き下げる必要はない。
4 少年法適用年齢の引下げは科学的知見に基づかないものであること
近年,脳科学の研究の進展により,20代半ばまでの若年者は,類型的に,脳が未成熟であるため,認知統制機能が脆弱であり,衝動的行動を制御する能力が未成熟であるという知見が,判明している。こうした科学的知見は,米国において,若年者に対する死刑や終身刑の在り方に関する連邦最高裁判所の判断に影響を与え,各州の少年裁判所の管轄年齢を逆に「引き上げる」動きを引き起こしているといわれている(山口直也「脳科学・神経科学の進歩が少年司法に及ぼす影響-米国における最近の動向を中心に-」自由と正義66巻10号2015年10月号30頁以下)。
少年法適用年齢を引き下げることは,こうした科学的知見に基づかないものである上,海外の潮流にも逆行するものであり,極めて不合理である。
5 結論
以上のとおり,少年法の適用年齢を引き下げることには合理性がなく,むしろ引下げにより,少年の再犯,ひいては犯罪全体の件数まで増加することが懸念される。
したがって,当会は,少年法の適用年齢の引下げに強く反対する。
以上