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検察官の定年ないし勤務延長に関する閣議決定の撤回を求めるとともに検察庁法の一部改正に反対する会長声明
検察官の定年ないし勤務延長に関する閣議決定の撤回を求めるとともに検察庁法の一部改正に反対する会長声明
1 本年1月31日、内閣は、本年2月7日に63歳で定年を迎えることになっていた東京高等検察庁検事長の勤務を、国家公務員法の勤務延長規定を根拠に半年間延長すると閣議決定した(以下「本件閣議決定」という。)。
しかし、検察官は、一般の国家公務員とは異なり、検察庁法第22条で退官年齢(定年)が定められている。同法第32条の2は、同法第22条を含む検察官の身分に関する規定は、検察官の職務と責任の特殊性に基づいて、国家公務員法の特例を定めたものとしている。
また、国家公務員法には、定年による退職の特例として勤務延長の規定があるが、検察庁法には勤務延長の規定が存在しない。前述の検察庁法第32条の2の趣旨からすれば、検察官にはその職務と責任の特殊性ゆえに勤務延長がないというのが立法者の意思であり、現に1981年(昭和56年)に勤務延長制度を含む国家公務員法改正案が国会で審議された際、当時の人事院事務総局給与局長も、検察官には国家公務員法の定年の規定のみならず勤務延長の規定についても適用されないと答弁した。
このように、検察官については定年後の勤務の延長に関する規定がないにもかかわらず、時の政権が閣議決定により突如「法律解釈の変更」と称して、特定の検察官に国家公務員法の勤務延長の規定を適用しその勤務を延長することは、明らかに検察庁法に反する。
2 検察官は、行政権に属する国家公務員ではあるものの、いわば「準司法官」として刑事事件の捜査・起訴等を行う権限が付与されており、ときに内閣を含む行政機関、立法機関である国会を構成する議員に対してもその権限を行使する必要がある。このような検察官の職務と責任の特殊性から、検察官には、職務遂行にあたって、公正性のほか、政治からの独立性も強く要請されている。そのため、検察庁法では、検察官が独任制の機関であることのほか(同法第4条)、一般の国家公務員とは異なる身分保障や定年等について国家公務員法の特例が定められているのである。
このような検察庁法の趣旨にもかかわらず、内閣が「法律解釈の変更」と称して一般の国家公務員と同様に検察官の人事に介入できることになると、検察官が政治的な圧力を受けて中立性を損ない、その職責を果たせなくなるおそれがある。
したがって、本件閣議決定は、検察官及び検察組織の政治からの独立を侵し、憲法の基本原理である権力分立と権力の相互監視の理念に反する重大な懸念がある。
3 このような理念に反することから違法というべき「法律解釈の変更」について、内閣が国会内外で厳しく批判されている中、本年3月13日、内閣は、検察庁法改正を含む国家公務員法等の一部を改正する法律案を国会に提出した。
検察庁法改正案によれば、すべての検察官の定年が現行の63歳から65歳に段階的に引き上げられ、63歳になった者は、検事総長を補佐する最高検察庁次長検事や、各高等検察庁の検事長、各地方検察庁の検事正などの役職に原則として就任できなくなる(役職定年制)。しかし、内閣又は法務大臣が「職務の遂行上の特別の事情を勘案し」「公務の運営に著しい支障が生ずる」と認めるときは、特例措置として63歳以降もこれらの職に留まり続けられるようになり、内閣又は法務大臣が検察庁法の規定に基づき検察官の人事に強く介入できることとなる。
このように内閣又は法務大臣の裁量によって検察官の役職延長や勤務延長が行われることにより、不偏不党を貫いた職務遂行が求められる検察の独立性が脅かされる恐れがある。「準司法官」である検察官の政治的中立性が脅かされれば、憲法の基本原理である権力分立と権力の相互監視の理念を揺るがす恐れもあり、到底看過できない。当会は検察官の65歳までの定年延長や役職定年の設定自体に反対するものではないが、少なくとも特例措置に係る当該法案部分は削除されるべきである。
しかし、政府及び与党は、検察庁法改正法案を国家公務員法との一括法案とした上で衆議院内閣委員会に付託し、法務委員会との連合審査とせず、また、野党議員の大半が欠席したにもかかわらず審議を強行するなど、性急に審議を進めようとしている。
そもそも、検察庁法の改正に緊急性は全くない。検察庁法改正に抗議するツイートが異例の勢いで拡大するなど多数の国民が抗議の意思を示してもいる。新型コロナウイルスの感染が拡大し、新型インフルエンザ等対策特別措置法上の緊急事態宣言が継続する中、このような重大な問題を有する本改正法案について、わずかな時間の議論だけで成立を急ぐ理由は皆無である。
4 これまでに述べた理由から、当会は、内閣に対し、本件閣議決定に抗議して撤回を求めるとともに、検察庁法改正法案を含む国家公務員法等の一部を改正する法律案のうち検察官の役職延長ないし勤務延長に係る「特例措置」に係る部分を撤回し、憲法の権力分立原理を遵守して検察官の独立性が維持されるよう、強く求めるものである。また、拙速な審議にも強く抗議する。
2020年(令和2年)5月15日
金沢弁護士会
会長 宮西 香