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改正少年法が同法の目的や理念に適うよう運用されることを求める会長声明
改正少年法が同法の目的や理念に適うよう運用されることを求める会長声明
1 はじめに
当会は、これまでも平成27年8月27日に「少年法の適用年齢引き下げに反対する会長声明」、平成30年3月22日に「少年法適用年齢引下げに反対する会長声明」を発出し、少年法の改正に反対してきた。また、令和元年8月17日には、少年法適用年齢引き下げに反対するシンポジウムを開催した。
しかし、政府は、令和3年2月19日、少年法の一部を改正する法律案を通常国会に提出し、令和3年5月21日、同法案は参議院で可決され、改正法が成立した。
少年法は、少年が可塑性を有することに鑑み、生育の過程や環境などの非行の背景を含めて少年を理解した上で個別的・教育的処遇により環境の調整や性格の矯正等を行うことで、少年の健全な育成を目指すことを基本理念としているところ、改正の内容は、18歳及び19歳の者について、民法の成人年齢引き下げと足並みを揃えることなく少年法の適用を除外しなかった点で評価しうる。
しかしながら、改正法は、18歳及び19歳の者を「特定少年」とした上で、次のとおり特例を設けるものであり、これらは、実質的には少年法の基本理念に反するものであり、重大な懸念がある。
2 原則逆送事件を拡大し、ぐ犯を除外したこと
改正法は、18歳及び19歳の者について、原則逆送の対象事件を「死刑又は無期若しくは短期一年以上」の刑に当たる罪の事件に拡大した。
「短期一年以上」の刑に当たる罪には、例えば、強盗罪のように動機や犯行態様、結果等の犯情の幅が極めて広いものも含まれるが、この罪を犯した少年の中には、現行少年法に基づく個別的・教育的処遇により立ち直ることができた者も多く存在する。しかし、改正法は、こうした者が刑事処罰を科される可能性を高め、少年法の基本理念に基づく処遇を受けることなく社会に戻されてしまう事態を生じさせる危険がある。
また、改正法は、18歳及び19歳の者をぐ犯の対象から除外する。現行少年法は、成育歴や生活環境等の問題から、将来犯罪に及ぶ可能性が高い少年に対し、家庭裁判所が関与し、福祉的支援等につなげる役割を果たしてきた。特に18歳及び19歳の者の中には、反社会的集団や性風俗業に関係している者もおり、ぐ犯としての保護は、これらの者の更生にとって極めて重要である。そうであるにもかかわらず、18歳及び19歳の者をぐ犯の対象から除外することは、少年の立ち直りの機会を奪うことになりかねない。
3 保護処分の考慮要素として「犯罪の軽重」のみを強調していること
改正法は、18歳及び19歳の者の保護処分について、「犯罪の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲で」行うと規定し、保護処分につき犯罪の軽重のみを強調する。
しかし、保護処分の目的は、個々の少年の要保護性に適した個別具体的な処遇を行うことにより少年の更生を目指すことにあり、「要保護性」の考慮要素を後退させかねない改正法は、家庭裁判所による個別事情を踏まえたきめ細やかな処遇選択を制約する危険があり問題がある。
このような改正は、少年法の基本理念と矛盾するものである。
4 刑事事件の特例の適用を除外したこと
改正法は、18歳及び19歳の者につき、
①勾留は「やむを得ない場合」しかできないこと(現行法43条3項)
②他の被疑者、被告人との接触を避けること(同法49条1項)
③成人と分離して収容すること(同条3項)
④不定期刑の適用(同法52条1項)
⑤20歳以上の者との懲役・禁錮の執行の分離(同法56条1項)
⑥早期の仮釈放、仮釈放期間の終了(同法58条、59条)
等の規定を適用しないとする。
これらの規定は、刑事手続の過程における少年の無用な傷つきを防ぎ、また、成長発達の途上にあって影響を受けやすい少年の情操を保護することを目的とするが、依然として成長発達の途上にある18歳及び19歳の者にこれらの規定を適用しないことは、少年の健全な育成たる少年法の基本理念と矛盾する。
また、改正法は、資格制限の排除(同法60条)についても、18歳及び19歳の者への適用を除外する。
資格制限の排除は、少年が自由に職業を選択できるようにすることで、更生の機会を設け、社会復帰を支援することを目的としており、少年の立ち直りにとって重要な意義を有しており、18歳及び19歳の者について、この規定を除外することも、少年の健全な育成を基本理念とする少年法の趣旨と相容れない。
5 推知報道の禁止を解除したこと
改正法は、18歳及び19歳の者につき、逆送により公判請求された場合には、推知報道の制限が及ばないとする。
推知報道の禁止は、少年や家族のプライバシーを守り、少年の更生や社会復帰を図ることを目的としている。
しかし、推知報道の禁止が解除されれば、SNSやインターネットが以前よりも格段に普及した中で、少年の情報は瞬時かつ半永久的に社会に拡散され、それが少年の立ち直りや社会復帰を阻害し、生涯にわたり少年に悪影響を及ぼしかねない。
したがって、推知報道の禁止の解除は、少年の健全な育成たる少年法の基本理念と相容れない。
6 結論
以上のとおり、改正法は、可塑性のある少年の健全な育成を図るという少年法の基本理念と相容れない点が多数あり、重大な懸念がある。
そして、これらの重大な懸念の多くについては、衆議院及び参議院の法務委員会も、政府及び最高裁判所において格段の配慮をなすべき旨の附帯決議をなしているところ、当会は、改正法が施行されても、これまでと同様に少年法の基本理念に十分に配慮された運用がなされるよう家庭裁判所や捜査機関と必要に応じて協議をなし、また、働きかけを行う所存である。また、同時に、上述の懸念が改正法施行後に現実のものとならぬよう注視し、会員が引き続き少年法の目的や基本理念に適う活動を引き続き行えるよう、活動の支援や研修の実施等を、より一層充実させる決意である。
令和3年7月6日
金沢弁護士会
会長 塩 梅 修