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「袴田事件」第2次再審請求の差戻後の即時抗告審決定に対する会長声明
「袴田事件」第2次再審請求の差戻後の即時抗告審決定に対する会長声明
東京高等裁判所第2刑事部は、2023年3月13日、いわゆる「袴田事件」の第2次再審請求の差戻後の即時抗告審について、原決定(静岡地裁2014年3月27日決定)に対する検察官の即時抗告を棄却し、再審開始を認める決定をした(以下「本決定」という)。
「袴田事件」は、1966年6月に静岡県清水市(現静岡市清水区)で、放火され全焼した住宅内でみそ製造販売会社専務の一家4人がいずれも多数回刃物で刺突された遺体で発見された強盗殺人、現住建造物放火事件である。当時同会社の従業員であった袴田巌氏が犯人として逮捕、起訴され、袴田巌氏は公判で自らは犯人ではないとして無罪を主張したが、起訴後にみそ製造工場のみそタンク内から多量の血液が付着した状況で捜査機関が発見したとされるいわゆる「5点の衣類」等の証拠に基づき、第一審(静岡地裁)は有罪・死刑の判決を言い渡し、控訴、上告も棄却され、1980年12月に同判決が確定した。
本件の第2次再審請求(請求人は袴田巌氏の姉ひで子氏)に対し、再審請求審の静岡地裁は、2014年3月27日、再審開始を決定するとともに、袴田巌氏に対する死刑及び拘置の執行を停止した(原決定)。弁護団が提出したDNA型鑑定やみそ漬け実験報告書等の新証拠を踏まえ、確定有罪判決の根拠となった「5点の衣類」は袴田巌氏が着用していたものでも犯行時の犯人の着衣でもなく、捜査機関により証拠がねつ造された疑いがあると判断したものである。
これに対して検察官が即時抗告を行い、即時抗告審の東京高裁は、2018年6月11日、弁護団が提出したDNA型鑑定やみそ漬け再現実験報告書等の新証拠の証拠価値を否定し、原決定を取り消して再審請求を棄却した。
弁護団の特別抗告により、特別抗告審の最高裁第三小法廷は、2020年12月22日、「5点の衣類」に付着した血液の色に関するみそ漬け実験報告書や専門家意見書の証拠価値を否定した即時抗告審決定について、審理を尽くさずにこれらの証拠価値について誤った評価をしたものとして取り消し、東京高裁へ差戻す決定をした(林景一裁判官及び宇賀克也裁判官の差戻しをすることなく再審開始を自判すべきとする反対意見が付されている)。
差戻後の即時抗告審(東京高裁)では、主に「5点の衣類」に付着した血液の色に関する事実取調べが行われたが、弁護団の主張立証を理論的にも実証的にも裏付けるものであった。本決定は、科学的知見に基づいた判断によって、弁護団の主張立証の信用性、捜査機関による証拠のねつ造の可能性を認め、白鳥・財田川決定に則して新旧全証拠を総合評価した上で、再審開始を認めた原決定に対する検察官の即時抗告を棄却したものである。
袴田巌氏は現在87歳という高齢であり、47年もの長期間を獄中で過ごし、今なお拘禁症状に苦しんでいる。
当会は、死刑執行がなされる度に死刑執行に抗議する会長声明を発出しているところ、本決定が確定し無罪となれば5件目の死刑再審無罪事件であり、現在でも死刑えん罪が存在することが明らかとなる。死刑えん罪事件においては、自らのえん罪を晴らすために長期間にわたり死刑の恐怖におびえる状況を強いられるという非人道性も死刑制度が内包する重大な問題点の一つであることも指摘しておきたい。
また、当会は、2023年1月27日、再審手続における全面的証拠開示制度の創設や、検察官による不服申立の禁止等の再審法に関する法改正を求める会長声明を発出した。「袴田事件」は、第2次再審請求の請求審において約600点の証拠が新たに開示されたことが再審開始の判断に影響を与えている。そして、原決定に対して検察官が即時抗告を行った結果、即時抗告審、特別抗告審、差戻し後の即時抗告審と審理が続き、再審開始を認めた原決定から本決定まで9年もの歳月を要している。このように、「袴田事件」は、当会が2023年1月27日付会長声明において指摘した現行の再審制度の問題点を明らかにしている。この点を踏まえ、当会は、改めて、再審制度に関する法改正を早急に行うことを求める。
そして何より、当会は、検察官に対して、本決定を真摯に受け止め、特別抗告をすることなく速やかに再審公判に移行させるように強く求めるとともに、裁判所に対しては、直ちに再審公判を開き、可及的速やかに審理を行って無罪を宣告するように要望する。
以上
2023年(令和5年)3月17日
金沢弁護士会
会長 二 木 克 明