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出入国管理及び難民認定法改正に反対する会長声明
・出入国管理及び難民認定法改正に反対する会長声明(PDF書類)
出入国管理及び難民認定法改正に反対する会長声明
政府は,本年3月7日に出入国管理及び難民認定法改正案を国会に提出し,本年6月9日に参議院本会議にて可決成立した(以下,「本改正」という。)。しかし,本改正には基本的人権の尊重・擁護の観点から,看過し難い問題がある。
日本の入管行政及び難民認定の現状については,従前より,国内の法律家や支援団体のみならず,国際的にも種々の問題点が指摘されてきた(2022年には国連自由権規約委員会の総括所見にて改善勧告も受けている。)。主な問題としては,収容の際に司法審査が行われず,収容期間の上限の定めもないことから,入管の裁量のみにより長期間の身体拘束が行われていることが指摘されている。また,難民認定率が先進諸国の中で突出して低いことも深刻な問題である。難民認定要件が過度に限定解釈されており,その結果,保護されるべき申請者が保護されていないおそれがある。実際に,本国での生命の危険を理由に日本へ逃げてきた難民であるにもかかわらず,一度の申請では難民認定されず,複数回の申請の末にようやく認定される者も相当数存在するところである。
そして,近年だけでも,2019年6月に大村入管でナイジェリア人男性が餓死した事件が,2021年3月には名古屋入管にて収容中のスリランカ人女性が病死した事件が,2022年11月には東京入管にて収容中のイタリア人男性が死亡する事件が発生している。そのほかにも,難民不認定処分に対する異議申立棄却決定の告知直後の送還について裁判を受ける権利(憲法32条)を侵害等するものであり違法とする東京高裁判決(2022年9月22日付け)や東日本入国管理センターで発生した被収容者の死亡事件について国の責任を認めた水戸地裁判決(2022年9月16日付け)が出されるなど,日本の入管行政や難民認定制度においては,多数の問題が顕在化している。
しかし,本改正は,これら従前からの問題点について実質的な改善がなされていないどころか,外国籍を有する者に対して,更なる人権侵害を招く危険性を有するものであって,到底容認できないものである。
第1に,現行の難民認定申請者に認められている送還停止効に例外を設け,3回目以降の申請者は申請中であっても強制送還を可能とする制度を新設するものとなっている。従前からの問題点である難民認定率の突出した低さを改善することこそが求められているにもかかわらず,これを放置したうえで送還停止効への例外制度を導入することは,迫害を受けるおそれのある地域への送還を禁じる「ノン・ルフ-ルマン原則」(難民条約第33条第1項,拷問等禁止条約第3条第1項など)に反するものである。この改正は,迫害を受けるおそれのある者を送還し,その生命身体を脅かす可能性を高めるものであって,「無辜の人に,間接的に死刑執行ボタンを押すということに等しい」との非難もあるように,人権擁護の点から到底認めることはできない。
なお,本改正では,紛争地域から逃れてきた人々を保護するために「補完的保護対象者」制度を創設し,ウクライナ等の紛争地域からの避難者も受入れ可能になると言われている。しかし,そもそも難民条約の解釈に関する国際基準によれば,現状でも端的に難民条約上の「難民」として保護することが可能なのであって,このような新たな制度は本来不要である。ましてや,これをもって送還停止効に例外を設ける理由とすることなどできない。
第2に,退去命令書の発布を受けた者に対して退去命令を発し,これに従わないときは刑事罰を科す制度を新設する。しかし,政府統計上からも,退去命令書を受けた者のほとんどが任意に自費で出国していることが明らかとなっている。それでも出国しない者には退去が困難な様々な事情を持つ者(帰国により生命身体の危険を負うもの,家族が日本にいるものなど)が数多く存在し,司法手続によって難民認定を受けた事例や退去強制令処分が取り消された事例も存在する。それにもかかわらず,主任審査官が司法審査を経ることなく発布する退去強制令書に従わないことを理由に刑事罰を科すことは,司法手続により救済されうる外国人に対して刑罰の威嚇をもって退去を強制することになり,退去強制対象者らの「裁判を受ける権利」を実質的に侵害するものといえる。さらには,退去強制令書を受けた者に刑事罰が科されるとなれば,在留のための活動を支援する家族や支援団体,弁護士等の支援者も共犯とされる可能性があり,これらの支援活動を萎縮させる結果となる。
第3に,基本的人権の本質的要請である人身の自由への制約は必要最低限度とされるべきであり,そのためにも収容の際の司法審査や収容期限の上限規制の導入が必要であることは,これまでにも再三指摘されてきたところである。それにもかかわらず,本改正においてはいずれも導入されなかった。入管の裁量による長期間の収容問題は引き続き残存することになり,被収容者の人命に関わる重大な事件が度重なり発生しているにもかかわらず,この点に関する実質的な改正が行われなかったことは容認できない。
なお,本改正では,入管がその裁量に基づき,収容のほかに「収容に代わる監理措置」を選択することもできる制度が新設される。しかし,監理措置を選択するか否か,選択するとしてその監理態様をどうするかは,裁判所などの司法審査ではなく,あくまで入管の裁量判断とされており,中立性や公平性,透明性は何ら担保されない。到底,従前の収容制度の根本的な改善となり得るものではない。
また,監理措置となった場合には,監理人に対して届出・報告義務等が課されるところ(義務違反は監理措置の裁量的取消事項に該当する),本来は対象者を支援しようとする者に監理人としての上記義務を課すことは,両者の信頼関係を損なわせ,特に代理人として対象者の利益を守り,守秘義務を負う弁護士の立場とは相容れず,対象者の人道的支援や権利擁護活動に支障をきたすおそれもある。
以上のとおり,司法審査は導入されず,収容を解くか否かはあくまで入管行政の裁量に委ねられたままの本改正では,従前の問題は何ら解消されない。
第4に,仮放免等された者が逃亡した場合の刑事罰が設けられるとされている。しかし,改正前も仮放免者は,当局への定期的な出頭のほかに,逃亡した場合には仮放免許可が取り消され,保証金が没取されていた。これに加えて刑事罰を科すことは,仮放免者に対する入管の管理を強める一方,刑事法上の保釈制度(逃亡しても刑事罰がない)とのバランスも失するものである。また,仮放免者を支援する者(弁護士も含まれる)も,本罰則の共犯ともなりかねない。
日本国籍を有しない者も,これを有する者と同じく「人」として人権が擁護,尊重されなければならず,外国人だからといって適正手続保障をはじめとする基本的人権の保障が及ばないことがあってはならない。改正にあたっては,この視点からの改善が不可欠であった。具体的には,入管から独立した難民認定機関を設置して国際基準に沿った適正な難民認定制度を確立すること,収容期間に上限を設け,収容に際しては裁判官の令状を必要とするなどの司法審査を導入することが不可欠である。当会は,これらの改善が図られない以上,本改正に反対する。
以上
2023年(令和5年)6月15日
金沢弁護士会
会長 織 田 明 彦