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国際刑事裁判所(ICC)の独立性を堅持し国際社会における「法の支配」の貫徹を求める会長声明
国際刑事裁判所(ICC)の独立性を堅持し国際社会における「法の支配」の貫徹を求める会長声明
国際刑事裁判所(ICC)の独立性を堅持し国際社会における「法の支配」の貫徹を求める会長声明(PDF書類)
1 国際刑事裁判所(International Criminal Court。以下「ICC」という。)は、「20世紀の間に、多数の児童、女性及び男性が人類の良心に深く衝撃を与える想像を絶する残虐な行為の犠牲者となってきたことに留意し、このような重大な犯罪が世界の平和、安全及び福祉を脅かすことを認識し」(後記「ローマ規程」前文)て、ジェノサイド犯罪(集団殺害犯罪)、人道に対する犯罪、戦争犯罪及び侵略犯罪などといった中核犯罪(コア・クライム)について、その責任を有する個人の刑事責任を追及することが必要であるとの考えに基づいて設置された、国際刑事司法機関である。
ICCは、2002年7月、「ローマ規程」(1998年7月17日に成立した国際条約)の発効によって、常設の刑事司法機関として誕生し、オランダのハーグに本部が置かれた。2025年4月時点での締約国は125か国に及んでいる。
以後、「国際社会全体の関心事である最も重大な国際犯罪」の被害者の苦しみに光を当て、「法の支配」すなわち法に則った刑事司法手続により、人類全体の平和と安全、そして人間の尊厳を維持する使命と役割を果たしてきた。なお、ICCの中には、裁判部(予審部、第1審部、上訴審部)と検察局があるが、両者は制度的に完全に独立している。
2 しかしながら、近年、ICCの権限行使に対して報復的な措置を実施する国家が現われ、ICCの独立性が深刻な危機に直面している状況にある。
2022年2月のロシアのウクライナに対する軍事侵攻に関連して、ICCが、2023年3月、ロシアが占領地域から多数の子供達をロシアに移送したことは国際法上の「戦争犯罪」に当たるとして、プーチン大統領らに逮捕状を発付したことに対し、ロシアは、逮捕状の発付を請求したカリム・カーン主任検察官、逮捕状を発付した予審部裁判官3名(日本人の赤根智子氏を含む)を指名手配した。
また、ガザ地区における武力紛争に関連して、ICCが、2024年11月、戦争の手段として民間人を飢餓に陥らせたり、民間人に対する意図的な攻撃指示をしたなどして、戦争犯罪や人道に対する犯罪の疑いで、イスラエルのネタニヤフ首相らに逮捕状を発付したところ、トランプ大統領は、2025年2月、ICCの職員などに対する入国禁止処分や資産凍結等の制裁を課す大統領令を発した。その後アメリカは、カリム・カーン主任検察官やICCの予審部の裁判官3名と次席検察官1名を制裁対象者に指定した。これは、ネタニヤフ首相らに対する逮捕状を発付したことなどを理由とするものである。
これに対して、ICCは、同日、声明を出し、「制裁は公平な司法機関の独立性に対する目に余る攻撃であり、ICCは、いかなる制約、圧力にも屈することなく断固として使命を果たしていく。」と述べ、「締約国、そして人道と法の支配の価値を共有するすべての人々に、国際犯罪の被害者の利益のみを目的とする裁判所の活動に対し、揺るぎない支援を呼びかける。」と訴えた。
3 このようなICCに対する報復的な措置は、直接的には、ICC検事局が捜査を行なうことを困難にさせ、ICCの裁判官(予審部)が検察官の令状請求に対して適正な司法判断を下すことを困難にさせるものであり、国際法に基づき存立している刑事司法機関の独立に対する不当な介入である。ICCの裁判官・検察官の活動に対する大きな制約になっており、ICC全体の国際刑事司法活動の停滞をも招きかねないものである。
ICCの活動の停滞は、国際法上の最も重大な犯罪である上記の中核犯罪(コア・クライム)が処罰されずに放置されることにつながり、「法の支配」を損なうおそれが大きく、看過することはできない。
このような状態が継続するならば、ICCが果たすべき国際刑事司法上の捜査と司法判断の遂行が非常に困難になり、ICCの存続すら危ぶまれるのではないかと憂慮される。その結果、世界の平和、安全及び福祉が根底から脅かされるのではないかと憂慮されるのである
4 我が国は、憲法前文で示されているところの「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」との基本的な立場から、2007年10月にICCに加盟した。
加盟以来、我が国は、ICCの裁判官を継続的に輩出し、また、最大の分担金拠出国としてICCに貢献し、その活動を支えている。発足当初から日本人が裁判官の一人として常に在籍しており、2018年3月に裁判官に就任した赤根智子氏(日本の検察官出身)は、2023年3月には所長に就任して、精力的に活動されている。
その赤根智子氏は、最近の著書『戦争犯罪と闘う―国際刑事裁判所は屈しない―』(文春新書)で、次のように訴えている。
「今、ICCは存続の危機を迎えています。日本は自らの誇りと威信にかけて、ICCを全力で守ってほしい。民主主義と平和主義にもとづき、現在の国際秩序の形成に尽力してきた我が国が、ICCの危機を看過することなど決してないと私は固く信じています。」「どうか、力を貸していただきたい。」「悲劇は21世紀に入ってからも続いています。私たちの活動には、戦争の惨禍などに苦しむ世界中の被害者たちの希望が託されていることを忘れないでほしい。この人たちの希望の灯りを消してはならないのです。」
5 よって、当会は、国際社会における「法の支配」を支えてきたICCが深刻な危機に直面している現在の状況を踏まえ、ICCがこの困難を乗り越えて、独立してその任務を遂行して行けるように、その存在意義の重要性を改めて訴えるとともに、政府に対して、次の2点を求めるものである。
① 国際社会における「法の支配」を貫徹するために、引き続き、ICCへの貢献を続けること。
② ICCの活動に対して現になされている報復的な措置には反対する立場を明確に示して、その撤回を働きかけること。
そして、当会は、「基本的人権の擁護と社会正義の実現」を使命とする弁護士の公的団体として、国際社会における「法の支配」を支えてきたICCの取組みを支援し必要な協力をする考えであることを、ここに表明する。
2025年(令和7年)9月19日
金沢弁護士会
会 長 山 村 三 信








